筆者の紹介:南野 風
生粋の千葉県人。船橋在住4年目も、学生時代から社会人までアルバイト・仕事・遊び…にとあらゆるステージとして活躍していた過去を持つばっかりに、妙なことにやたら詳しい。
若く見られることも多いが、実際は「いい歳こいて…」と言われることも少なくない。
あまり知られていないが、短歌をたしなむ吟遊詩人の顔を持つ。家庭では一男一女の父親である。


よく食欲の秋・芸術の秋・スポーツの秋というが、歴史の秋というのを加えてもいいんじゃないか…と思ったのである。 旅の秋があってもいいし、カラオケの秋があってもいいわけで、秋の楽しみ方もまた、人それぞれである。
それはそうと、せっかく「まいぷれ」で連載させていただいているのだから、たまには郷土の歴史を振り返りながら、新しい発見や出合いを探してみようと思ったわけだな、これが。
歴史といってもそんなに堅苦しくならず、近くの公園を散策するような気持ちで、楽しみながら読んでもらえたらいいな…と思います。実際に公園を歩きながらの構成になっていますから、そのあたりの風景も思い浮かべてみてくださいね。
久々の歴史の旅、気合をいれて取材してみました!

そんなわけで、今回は千葉市の亥鼻公園内にある「千葉市立郷土博物館」を訪ねてみた。あるいは、千葉城と言った方がわかりやすいかもしれない。
今ではほとんど記憶に残っていないが、その昔、小学校のときの遠足で訪れたことがあるような…たしか小学校4年生のときだったけか…、ということは、ン十年前…。まぁ、そんなことはどうでもいい。

そこで、「千葉市立郷土博物館」に行ってみることにしました。
◇ まず、歴史を振り返ってみよう!
千葉城は、別名亥鼻(いのはな)城とも呼ばれ、かつて房総地方を支配していた千葉氏(ちばうじ)の本拠地城です。
千葉氏は、桓武天皇の血筋にあたり、その系図を見ると平将門や平清盛の名も見えます。東国武士団の有力な豪族であった千葉氏は、平安時代からこの地方に勢力を伸ばし、上総国大椎(かずさこくおおじい)を拠点として、下総国一帯に勢力をふるっていました。
大治元(1126)年、千葉常重(ちばつねしげ)は、拠点をこの地に移し、新たな本拠地を整備することで、自らの支配を確実なものにしようとしたのでした。
千葉氏は、源平合戦のときには源氏に味方をし、前九年の役、後三年の役あるいは保元・平治の乱の勲功などで源氏との結びつきを強くしていきます。
千葉介常胤(ちばのすけつねたね)のとき、源頼朝(みなもとよりとも)の求めに応じていち早く参上を表明すると、源平合戦や奥州合戦に挙兵し、頼朝の信頼を得て、鎌倉幕府成立に大きく貢献していくことになりました。
やがて、千葉氏は上総国や下総国を中心に全国各地に広大な領地を得て、鎌倉幕府の中でも有力な御家人に成長していくことになります。
以降、関東の内乱に巻き込まれ、同族間の内紛などもあり、康正元(1455)年、十四代千葉介胤直(ちばのすけたねなお)のとき、叔父である馬加康胤(まくわりやすたね)や原胤房(はらたねふさ)らの急襲を受け落城、胤直は自刃し千葉氏本家は滅亡しました。
馬加康胤は、その後千葉氏を名乗り、千葉氏の本家は康胤の子孫が継ぐことになりましたが、康胤の孫輔胤は、文明16(1484)年、戦乱によって荒れた千葉城を離れ、本佐倉に移城し本拠を構えたので、以降千葉城は廃城となりました。
十四代、約330年に渡った千葉氏の栄枯盛衰は、昭和42(1967)年4月に、模造天守閣を持つ千葉市立郷土博物館として再建されたのです。
郷土博物館の前には、今まさに大空に向かって鏑矢を放たんとする「千葉介常胤」の銅像が建てられています。躍動感にあふれ、勇ましい姿がなかなかカッコイイぞ…。でも、実際この矢はどこを狙っているんでしょうか。まさか、自分の城に向かって撃とうとしているわけじゃあるまいね?
銅像には、「ふるさと創生に思いを馳せて」と題して「この像は千葉市の更なる飛躍と発展を願い、未来へのメッセージを鏑矢に託す千葉介常胤公をイメージしています…」とある。思わず「ははーっ」とかしこまってしまう。
◇ でも、当時の千葉城は…。
当時の千葉城は、写真にあるような天守閣(でも、多くの人が抱いている「お城」といえば大体こんなイメージなんだろうな──)などなく、館型の中世式遊郭で、戦国時代や江戸時代の城に代表されるような大規模な建築ではありませんでした。今の亥鼻公園が旧本丸であったらしいのですが、一部に土塁が残るだけで、周辺の薮や崖がわずかに往時をしのばせるだけとなっています。城域は、かなり広く、現在の千葉大学医学部方面にまで及ぶ広大なものだったそうです。
◇ じゃ、中に入ってみようか!
ラッキーなことにこの日は、千葉市民の日として、施設が無料開放されていました。
受付で、いろいろと話を伺ってメモをとっていると「千葉氏探検シート」(簡単にいえば、テストね。18題の問いからなる千葉氏に関する選択問題! かなり難しいのだよ、これが)なるものを渡され、よろしければやってみてください、ということなので勉強のつもりでチャレンジしてみました。
◇ 公園内はこんな感じです!!
袖ヶ浦海浜公園」のシンボル、展望台──。
まず目に付くのが、てっぺんの形が球形になってい る「展望台」ですね──。
そのユニークなたたずま いは、一見何かのオブジェのようだ。高さは約20 メートルぐらいで、中はらせん階段になっている。
久しぶりに学生時代を思い出して、眠っていた脳細胞をテストモードに切り替えると…。
悪戦苦闘しながら、受付に戻り、採点してもらうことにしました…。おおっ! 100点!!(拍手してもらえました、私)学生時代にさえ100点の記憶なんてないのに…。なかなかやるな、おい。
何の知識も持たずにやってみると、ほとんど歯が立ちませんが、館内のパネルや展示をていねいに見ていくと少しずつ答えが見つかります。じっくりとやってみましょうね。受付に持参すると、その場ですぐ採点してくれます。ドキドキしながら待ちましょう。80点以上取ると記念品がもらえます!
今回は、企画展として「海の今昔」展が開催されているところでした。昭和30年代から60年代にかけての写真パネルが、5階展望室のフロアに展示されていました。
この企画展は、定期的な催しとして期間開催されているということです。
館内は、1階が受付・展示室になっていて、千葉氏の歴史年表がスロープ沿いにパネル展示されています。2階、3階は展示室で、2階では主に企画展、3階では千葉氏に関する展示が常設されています。
そして4階はプラネタリウム、5階が展望室になっていて、四方に千葉市街地や海岸部の工場や倉庫を視認することができますが、かつてはこの亥鼻公園の高台からも海を望むことができたそうですが、埋め立てにより、海岸線が数キロも離れてしまっているので、今では残念ながらこの展望台に登らないと海を見ることができないんです。
ちょっとさびしい気もしますが、やはりこういうところにも、時代の変遷を感じますね─。
展望室で開催されていた「海の今昔」展。パネルの一つ一つが懐かしく(といっても、私が生まれる以前のものがたくさん掲示されていたのですが)、どことなくノスタルジックで、心の心象風景を思い起こさせてくれるような感じがして、しばらくはその場にたたずんで見入っていました。身近な題材をテーマにし、ありふれた光景を自然のまま写しているので、見る人に親しみやすさを感じさせてくれるんでしょうね、きっと。

〈この写真展を見ていたある老夫婦の会話〉
男:「お、ここに写ってるの、ひょっとしてオレじゃねえかい?」
女:「……」
男:「あの写真に写ってるのもオレじゃねえかと思うんだが…」
女:「……」
おいおい、オッさん!

◇ 周辺を散策しながら…。
千葉市街地の中心部にあり、近くには千葉県庁があるという立地に加え、亥鼻公園内には、千葉文化会館や県立中央図書館が隣接しており、この一帯は「文化の森」とも呼ばれています。緑豊かな環境の中で多くの市民に親しまれている貴重な公園です。

亥鼻公園への登り口は、何ヵ所かあるんですが、車利用の場合は正門から入ります。他に、バス亭大和橋方面から近い入口「お茶の水口」、文化会館裏の広場や森を通過する「図書館口」などのルートがあるんですが、私、今回は徒歩で行ったので智光院と胤重寺の間の道を利用する「大階段口」ルートを利用しました。
大階段を登ると、すぐ左手に名物「いのはな団子」を食べさせてくれる「いのはな亭」というお茶やさんがあります。赤いのれんが目印の瀟洒なたたずまいのおやすみ処です。
散策のあと、熱いお茶をすすりながら、一服してみるのもいいかも…。
右手に見える千葉文化会館の広場から文化の森の方へ歩いてみると、広場にはきれいに手入れがされた緑とさまざまな銅像や石碑が立ち並んでいた。
雨上がりの午後…。
今日は人出も少なく落ち着いた風情である。公園内を行き交うのは、若いカップルと数組の親子連れだけ…。静かなひとときであった。
再び本丸跡の方に戻り、ここから「お茶の水口」の方へ歩いてみる。「お茶の水口」には、数々の伝承が残されていて、千葉常胤はここの湧き水で源頼朝に茶を献じたとか…。今では、湧き水も絶えてその痕跡を留めるのみになっています。
本丸跡の周辺には、土塁のほか柱の土台になる石の存在などが確認されていて、少なくとも中世に何らかの施設があったであろうことが、考古学的に証明されているそうです。
現在の本丸跡周辺には、約100本のソメイヨシノが植えられており、毎年桜の季節には地元のたくさんの人たちでにぎわっています。
本丸跡を少し歩いた藪の中に、ひっそりと「亥鼻城跡石碑」が建っていた。その先には、城の物見台であったとされる神明社あり、境内は樹木におおわれているため、かつての物見台としての名残はあまり感じられませんでした。

亥鼻公園は、「郷土博物館」から公園として整備されている敷地内まで、ゆっくり見て回っても1時間から1時間半もあれば十分楽しめます。
千葉駅周辺に買い物に来たり、お出かけのついでに余裕があるときなど、予定に組み入れてみてはいかがでしょうか? 歴史やお城に興味がある人もそうでない人も、こうした身近な施設や環境にふれることで、新鮮な感動に出合えるかも知れません。
歴史は、その時代ごとに人々の生きてきた証しでもあります。営々と積み重ねられてきた人の営みがであるからこそ尊いし、人、その生き方に心を引きつけられる…。
いにしえの時代に思いを馳せ、その土をゆっくりと踏みしめながら歩いてみる。たまにはこんな時間があってもいいなと思う…。

◆千葉市立郷土博物館◆
●交  通 JR千葉駅下車、徒歩約20分
JR千葉駅下車バスターミナル7番乗場より、京成バス「大学病院行き」郷土館前下車、徒歩約3分。
JR千葉駅下車千葉都市モノレール「県庁前」下車、徒歩約10分。
JR本千葉駅下車、徒歩約12分。
●会館時間 9:00〜16:30(入館は16:00まで)
●休館日 月曜日(但し、月曜日が祝日の場合は翌日も休館となる)国民の祝日、年末年始
●入館料 大人60円、小人30円。(30名以上の団体であれば、大人50円、小人25円)
※ 小学生未満の幼児、満60歳以上の方、障害者と介護者については無料となるので、身分証等の提示。
●問い合せ ・千葉市立郷土博物館
郵便番号260−0856 千葉市中央区亥鼻1−6−1
電話 043−222−8231
FAX 043−225−7106
●URL http://www.city.chiba.jp/education/edu/kyodo/
平成14年11月1日現在

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