◇ まず、歴史を振り返ってみよう!
千葉城は、別名亥鼻(いのはな)城とも呼ばれ、かつて房総地方を支配していた千葉氏(ちばうじ)の本拠地城です。
千葉氏は、桓武天皇の血筋にあたり、その系図を見ると平将門や平清盛の名も見えます。東国武士団の有力な豪族であった千葉氏は、平安時代からこの地方に勢力を伸ばし、上総国大椎(かずさこくおおじい)を拠点として、下総国一帯に勢力をふるっていました。 |
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大治元(1126)年、千葉常重(ちばつねしげ)は、拠点をこの地に移し、新たな本拠地を整備することで、自らの支配を確実なものにしようとしたのでした。
千葉氏は、源平合戦のときには源氏に味方をし、前九年の役、後三年の役あるいは保元・平治の乱の勲功などで源氏との結びつきを強くしていきます。
千葉介常胤(ちばのすけつねたね)のとき、源頼朝(みなもとよりとも)の求めに応じていち早く参上を表明すると、源平合戦や奥州合戦に挙兵し、頼朝の信頼を得て、鎌倉幕府成立に大きく貢献していくことになりました。 |
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やがて、千葉氏は上総国や下総国を中心に全国各地に広大な領地を得て、鎌倉幕府の中でも有力な御家人に成長していくことになります。
以降、関東の内乱に巻き込まれ、同族間の内紛などもあり、康正元(1455)年、十四代千葉介胤直(ちばのすけたねなお)のとき、叔父である馬加康胤(まくわりやすたね)や原胤房(はらたねふさ)らの急襲を受け落城、胤直は自刃し千葉氏本家は滅亡しました。 |
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馬加康胤は、その後千葉氏を名乗り、千葉氏の本家は康胤の子孫が継ぐことになりましたが、康胤の孫輔胤は、文明16(1484)年、戦乱によって荒れた千葉城を離れ、本佐倉に移城し本拠を構えたので、以降千葉城は廃城となりました。
十四代、約330年に渡った千葉氏の栄枯盛衰は、昭和42(1967)年4月に、模造天守閣を持つ千葉市立郷土博物館として再建されたのです。 |
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郷土博物館の前には、今まさに大空に向かって鏑矢を放たんとする「千葉介常胤」の銅像が建てられています。躍動感にあふれ、勇ましい姿がなかなかカッコイイぞ…。でも、実際この矢はどこを狙っているんでしょうか。まさか、自分の城に向かって撃とうとしているわけじゃあるまいね?
銅像には、「ふるさと創生に思いを馳せて」と題して「この像は千葉市の更なる飛躍と発展を願い、未来へのメッセージを鏑矢に託す千葉介常胤公をイメージしています…」とある。思わず「ははーっ」とかしこまってしまう。 |
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◇ でも、当時の千葉城は…。
当時の千葉城は、写真にあるような天守閣(でも、多くの人が抱いている「お城」といえば大体こんなイメージなんだろうな──)などなく、館型の中世式遊郭で、戦国時代や江戸時代の城に代表されるような大規模な建築ではありませんでした。今の亥鼻公園が旧本丸であったらしいのですが、一部に土塁が残るだけで、周辺の薮や崖がわずかに往時をしのばせるだけとなっています。城域は、かなり広く、現在の千葉大学医学部方面にまで及ぶ広大なものだったそうです。 |
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◇ じゃ、中に入ってみようか!
ラッキーなことにこの日は、千葉市民の日として、施設が無料開放されていました。
受付で、いろいろと話を伺ってメモをとっていると「千葉氏探検シート」(簡単にいえば、テストね。18題の問いからなる千葉氏に関する選択問題!
かなり難しいのだよ、これが)なるものを渡され、よろしければやってみてください、ということなので勉強のつもりでチャレンジしてみました。 |
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◇ 公園内はこんな感じです!!
「袖ヶ浦海浜公園」のシンボル、展望台──。
まず目に付くのが、てっぺんの形が球形になってい る「展望台」ですね──。
そのユニークなたたずま いは、一見何かのオブジェのようだ。高さは約20 メートルぐらいで、中はらせん階段になっている。 |
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久しぶりに学生時代を思い出して、眠っていた脳細胞をテストモードに切り替えると…。
悪戦苦闘しながら、受付に戻り、採点してもらうことにしました…。おおっ! 100点!!(拍手してもらえました、私)学生時代にさえ100点の記憶なんてないのに…。なかなかやるな、おい。 |
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| 何の知識も持たずにやってみると、ほとんど歯が立ちませんが、館内のパネルや展示をていねいに見ていくと少しずつ答えが見つかります。じっくりとやってみましょうね。受付に持参すると、その場ですぐ採点してくれます。ドキドキしながら待ちましょう。80点以上取ると記念品がもらえます! |
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今回は、企画展として「海の今昔」展が開催されているところでした。昭和30年代から60年代にかけての写真パネルが、5階展望室のフロアに展示されていました。
この企画展は、定期的な催しとして期間開催されているということです。 |
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館内は、1階が受付・展示室になっていて、千葉氏の歴史年表がスロープ沿いにパネル展示されています。2階、3階は展示室で、2階では主に企画展、3階では千葉氏に関する展示が常設されています。
そして4階はプラネタリウム、5階が展望室になっていて、四方に千葉市街地や海岸部の工場や倉庫を視認することができますが、かつてはこの亥鼻公園の高台からも海を望むことができたそうですが、埋め立てにより、海岸線が数キロも離れてしまっているので、今では残念ながらこの展望台に登らないと海を見ることができないんです。
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ちょっとさびしい気もしますが、やはりこういうところにも、時代の変遷を感じますね─。