千葉妖怪伝説「 その十四 山口敏太郎の最も長い一日」

 妖怪研究家という特殊な仕事柄、魔所と呼ばれる場所にいく事が多い。2003年6月28日。この日は私にとっても、千葉の妖怪たちにとっても歴史的な日でなかったであろうか。 翌日の6月29日に「船橋お化け祭り」を控え、私は友人たちと取材をかねた、総武線沿線魔界ツアーへと出かけたのである。

 まず、最初は千葉中央駅で降り、千葉大学医学部の構内にある「七天王塚」を訪問した。これは心泉社のヒッティという隔月雑誌に掲載する「怨霊巡礼歌」という記事の取材もかねていた。

 医学部構内に5つ、外部に2つ、合計七つの塚は北斗七星の信仰の流れをくむと言われており、牛頭天王を祭っている。一応牛頭天王は医学の神なので、辻褄は合うのだが、この塚の木を無断で切ると祟りがあると言われている。

 偶然、現地で出会った年配の方に仲間たちとインタビューする事ができた。話によると、毎年正月に供え物をしているし、役所も伐採の前にはお祓いを行うそうだ。そして、ある者がお祓いもなく木を切ったところ、帰りに自動車で事故を起こしてしまったそうである。最初からかなりブルーな気分になりながら、我々は次の場所に向かった。

 2ケ所は西千葉の祟り松。これは学研ムーの取材もかねている。JR西千葉駅前の稲荷の松が祟ると言われており、枝を切る事は御法度とされているのだ。同行メンバーに千葉大出身のS氏がいたので、詳細な話が伺えたが、隣接するビルの一階の飲食店は入るとすぐ潰れてしまうという。そのビルの2F以上は住居スペースになっていたが、入居者募集の看板があがっていた。

 幸い霊能者のAさんも同行していたので、霊視できる方の意見を伺ったところ、ロータリー側にはみ出ている松の付近には霊体が見えるらしいのだ。また私の聞き込みでは、ガード下で開業していた○○が、ビル(稲荷の敷地と隣接する)を建てたのだが、ビルが建つと亡くなってしまったそうだ。

 いやはや、ここも魔所である。更に両肩が重くなる事を感じながら、我々は次ぎに向かった。

 次は船橋東照宮である。と言っても大きなものではない。船橋図書館の近くにある小さな祠である。なんとここはかつて徳川家康の休憩所があった場所とされているのだ。つまり、東金に狩りに行く途中、家康は船橋で休憩していったのだ。だが、家康が初めて泊まった夜に不審火が発生。一説には家康暗殺を狙った付け火とも言われ、家康はそれ以来宿泊する事はなかったとされている。

 ここは特に気分も悪くなる事もなく4ケ所に移動。ここは船橋駅北口の天沼公園である。かつて池があり、龍神伝説もあった場所だが、今は公園の片隅に弁天様を奉るのみである。この場所に桔梗前という将門の愛妾(母親という説もある)が住んでいたという伝説がある。

 彼女は藤原秀郷の妹で、将門の弱点を見破る為に送りこまれたのである。そして将門の弱点がコメカミであると見抜いた桔梗前は、兄である秀郷に報告。秀郷は見事、将門を討ち取ったとされている。

 しかし、計略とは言え、自分の夫を兄に売ってしまった罪の意識に悩まされた桔梗前は船橋の沖で身投げし、その魂魄は大ザメとなり、近隣の猟師を襲ったという。この場所では弁天様の社にてAさんが異様なムードを察知し、かなり不快なものを感じると霊視した。確かに我々一般人でも奇妙な感覚を覚える社である。

 悲劇の伝説の舞台で、益々いやな気分になりながら、一度山口敏太郎事務所に戻った一同は夕食を済ました。そしてその後、ケーブル船橋「山口敏太郎の心霊ツアー2」の番組収録を行った。

 まず最初は狐を使った願掛けに使用されている某神社に向かった。テレビクルーの前でA女史が激しく、せき込む。神社の入口に向かう我々に対し、祭られた神らしき存在が激しく警戒しているらしい。この拒絶するような抵抗感は私にも感じる事ができた。どうにか取材は終えたものの、異様な妖気に筆者の身体のボロボロの状態となった。

 更に次は通称ダルマ神社という呪いの儀式が行われている場所に向かった。昨年ここは去年放送された「山口敏太郎の心霊ツアー」で社までの探索が放映され、古ぼけたダルマが祭られており、話題となった場所である。ここでは去年見つけられなかった奧の院にあるという井戸を捜索したりしたが、発見はできなかった。この場所は霊視によると心霊スポットという程霊の強い場所ではないという。

 しかしながら、またまたハードな妖気に私は疲れきってしまった。

 そして、最後は八木ケ谷の首切り場に取材を行った。もうここは最悪の空間であった。地元のTさんの案内で、テレビクルーと共に踏み込んだのだが、いかにも魔所という空間であった。Aさんの霊視によると、木々の精霊のようなものと人間の霊体が見る事ができるという。

 私の身体が限界に近づいた時、深夜2時過ぎに過酷な「魔界ツアー」が終わった。

 その日以来、1ケ月間 山口は喘息の持病に苦しむ事となった。いやはや仕事とはいえ、魔界に深入りは禁物である。

 山口敏太郎の最も長い一日がこうして終わったのだ。


ご注意:
上記の記事は、地域情報サイト「まいぷれ」で掲載されていた「千葉妖怪伝説」というコンテンツを転載したものです。記載されている内容は、当時のものですので、現在の情報とは異なる可能性があります。ご了承ください。

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