千葉妖怪伝説「その二 手賀沼の魔よけ小僧」

妖怪王、山口敏太郎さんが千葉に言い伝えられている妖怪伝説をご紹介!


 千葉県民なら誰もが知っている手賀沼。この沼には沢山の伝説が残っている。大ウナギが主として潜む話や、沼に牛の姿に変身して入水した坊主の話など、手賀沼は多くの謎につつまれている。

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 今回、紹介する妖怪「魔よけ小坊主」もそんな手賀沼に棲む妖怪のひとつだ。この妖怪に関してこんな話が残っている。
かつて、我孫子と沼南町を結ぶ渡し舟があったころ、毎日大勢のお客で渡し船は賑わっていた。特に問題のある渡し船ではないのだが、毎年、お盆の前後になると、この「魔よけ小僧」が出没したという。

 小僧の出現パターンはこんな感じである。舟の船首のところに素っ裸の小坊主が座っているというのだ。「一体どこの小僧だろうか」「なんで裸でいるのだろう?」小僧の突然の出現にみんなが大騒ぎになる。ある人が決心して、哀しげにうつむいて座る小僧に話しかけても何も答えないと言う。これはどうしたものかと、お客達が困惑していると、だまって船をこいでいた船頭さんがこういうのだそうだ。

「あれは魔よけ小僧と呼ばれる者である。昔からいるもので、縁起の良いものである。ほっておけば特に悪いことはしない。むしろ、小僧が出る事はこの船の航海が順調にいく印である。だまってすてておけ」そして、舟が対岸に近づくとふいに消えてしまうのだ。

 この「魔よけ小僧」。一体彼は何者であろうか?手賀沼で溺れ死んだ子どもの霊だろうか、或いは「フナダマ」のような船の守り神がいつしか、妖怪じみた扱いをうけるようになったのであろうか。でも「フナダマ」は俗に女性の形をしていると言われている。船の穂先に裸で座る小僧とは少し違うようである。

そこで少し推理してみよう。あくまで私の個人的推理だが聞いて欲しい。魏志倭人伝を参照すると、中国への船には必ず「持衰」という人物をのせたという記述がある。その役割は、航海中「持衰」は、船の安全をひたすら祈願したらしいのです。つまり、その船専用の占い師みたいなものである。この役割は過酷である。航海がうまくいくと、「持衰」はたくさんの金銀をもらえ大金持ちになるが、失敗すると殺されるというのだ。どうだろうか。船の安全を生死をかけて祈る「持衰」と「魔よけ小僧」の性質は似てないだろうか。航海が失敗し、漂流先で「魔よけ」として殺された「持衰」が「魔よけ小僧」という妖怪となったのではないだろうか。

 とかく、社会というものは「スケープゴート」を用意しがちである。社会の安定を守るために、大衆の怒りを向けるための存在が哀しくも必要であったのだ。航海が失敗したのは船の性能でも、船員の腕前でもない。あいつの祈り方がたりなかったからだと処理するためのスクランブル装置であるのだ。多分当時の邪馬台国時代には多くの若者が貧乏から抜け出るために、その過酷な仕事についたであろう。そしてその多くが遭難するか、責任を転嫁され命を落としていったのであろう。

私はこのうつむきながら航海の安全をいのる妖怪「魔よけ小僧」を思う時、時々せつなくなるのです。


ご注意:
この記事は、地域情報サイト「まいぷれ」で掲載されていた「千葉妖怪伝説」というコンテンツを転載したものです。記載されている内容は、当時のものですので、現在の情報とは異なる可能性があります。ご了承ください。

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